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例えば2年ごとに株主額面割当倍額増資が2回期待され、その後はまったく増資が予想されない場合には、必要収益率5%の投資家にとっての理論株価は227円になる。
また増資が3回期待できる場合の理論株価は、376円になる。
この結果、かりに個人投資家の機会コストを5%前後と考えると、額面発行時代の単純平均株価は、平均的には23回の倍額増資を織り込んだ価格形成になっていたとみることができる。
時価発行時代との対比で重要なことは、額面発行時代の株式投資における成長の概念は、直接的には増資期待という形でとらえられていたという点である。
つまり額面発行制度のもとでは、株式のー単位はいわば額面払込、安定配当に裏づけられた疑似確定利付証券のー単位であった。
また、成長とは1株当たりの配当が増えることではなく、額面払込増資という形で、疑似確定利付証券の単位が増えることだ、ったわけである。
証券アナリストも一般の投資情報サービスも、せいぜい1年か1年半先までの利益・配当見通ししかフォローしていない状況下で、一般投資家がある程度自信を持って織り込める限度が、安定配当プラス45年先までに倍額増資23回というものであったと考えられる。
こうした枠組みの中では、決して1、000円台の株価が正当化されることはなかった。
ともあれ、流通市場における株価がほとんど常に額面をかなり上回る仕組みは、株式安定保有の最大の条件として、投資の元本割れリスク(以下元本リスク)を極力回避したい、大株主としてのメインパンクにとっては、まことにうってつけの制度であったといえよう。
時価と平均払込価格(平均簿価)の差額は、通常「含み益」と呼ばれる。
含み益は、わが国の経済・金融システムのいわばラストリゾートであるメインパンクの「体力」の、最後のよりどころとして位置づけられてきた。
恒常的に含み益が存在するような株式市場、株価形成こそ、大株主としてのメインパンクにふさわしいものであった。
それによって、銀行は大量の株式を保有しでも銀行経営を日々の株価変動から隔離できるだけでなく、相手企業の経営にコミットするメインバンクとして、ビジネスリスクに対する大きなクッションを確保できることになるからである。
また、顧客企業の成長にともない頻繁な増資に応じることを要請されるメインパンクにとって、株価が額面を恒常的に上回っている限り、額面で増資に応じることは、自動的に含み益を増大させることになる。
最後に、わが国特有の小幅無償交付制度の意味合いについて考えてみよう。
アメリカ的な発想からいえば、無償も株式分割の一種であり、若干の増配効果を除けば、実質的な価値を生む行為ではない。
しかし、額面発行、安定株主の世界では、それなりに価値を生む行為と考えられていた。
というのは、無償交付も当然安定配当を前提にした株数の増加であるから、一定の価値を持つ金融資産が誕生することになる。
もし5円安定配当を掲げている会社が割無償をおこなえば、それを受け取る株主からみれば、必要収益率を5%とすると100円XO、110円の価値を持つ金融資産を、文字通り無償で交付されることになるから、文句なしにプラスの材料であった。
とりわけ、平均簿価で株式投資のコストを認識するわが国の金融機関株主にとっては、無償は保有株式の平均簿価の引き下げと、リターンの源泉である受取配当の増加の両面から、きわめて魅力のある仕組みであったといえよう。
以上みてきたように、額面発行、安定配当制度は、メインパンクを安定大株主とする間接金融体制と非常に整合的な仕組みであった。
そうした条件下での株価形成は、本来の普通株の価格形成というよりは、基本的には額面優先募入オプシヨンのついた疑似確定利付証券(優先株)の価格としてとらえるべきものであった(注4)。
3、1間接金融制度下での時価発行の普及。
1970年代半ば以降、時価発行による公募増資が中心になった。
株式の時価発行は、建前として従来のリレーションシップの有無にかかわりなく、その時々の株の経済学者、金融学者の間ではMM理論では説明できない俗説とされてきた。
「額面払込優先募入権付擬似確定利付証券」という一種の合成証券の工夫を凝らしたわが国の株式は、純粋無リスク資産と純粋普通株しか存在しないMM理論の枠組みではしょせん説明しきれないが、そのことをもって直ちに意味のない俗説と片付けてよいことにはならない。
価に魅力を感じる不特定多数の投資家を対象に公募発行するものである。
それは企業と大手法人投資家の聞の長期的、総合的リレーションシップを核として築かれた、わが国の伝統的な金融システムと真っ向から対立する方式である。
このため、当然のことであるが、時価発行増資は小売業やサービス産業など、当時のわが国の経済・産業政策上、優先度の高くない業種の新興企業群から始まった。
これらの時価発行企業は基本的に間接金融体制の枠外にあって、メインパンクも持たないタイプの企業であった。
このため、これらの企業の株式を保有する投資家はまさに残余キャッシュフローだけを受け取る「残余リスク」をとったわけであり、ハイリスク・ハイリターンを反映した株価形成の萌芽がみられたのである。
しかし、時価発行下の株価形成が、配当利回りを犠牲にしても長期的な成長性を重視する形で株価水準が高まったため、発行企業にとって目先資金の流出をともなう、いわゆる資金コスト(配当、これを増資のコストと考える日本企業が圧倒的に多かった)は、額面発行に比べて著しく低下した。
例えば1972年に株式を公開したI堂の場合、公開価格は880円で初日の終値は1、600円のストップ高となった。
一方、その期の1株当たり配当は15円(資金コスト1%前後)にすぎなかった。
その結果、1970年代後半から80年代初めにかけて、時価発行増資はメインパンクによって倒産リスクをヘッジされた基幹産業を含む、ほとんどの業種に普及した。
これを反映して、わが国の上場企業の株価は、この時期のどこかで、従来の配当利回り基準の株価水準からPE「基準の株価水準へ、大きく水準訂正をおこなった。
図243は、この点をわが国を代表する大企業である日立製作所についてみたものである。
目立の株価は、同社株がニューヨークに上場された81年以前では200300円のレンジで長期安定していたが、81年に大幅な水準訂正が起こり、一挙に1、000円近い水準に移行している。
また、付属資料6には、主要な銘柄に関してこの評価水準訂正がいつ起こったかを示しである。
このような時価発行増資の建前は、現実の株式保有構造と相容れないものであった。
というのも、この時期を通して株式の安定保有、相互保有関係はむしろ強化された。
安定保有の大前提は、既存の大株主は発行価格にかかわらず、一定の持株比率を維持するために、ほぼ自動的にエクイテイファイナンスには応じるというものである。
実際、企業同士、あるいは企業と金融機関との聞の株式相互保有は、時価発行移行後むしろ強化されてきた。
とりわけ大銀行と大企業の関係は、1980年代のエクイティファイナンス・ブーム下でも健在であった。
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